一人で台湾を一周した日本の女の子ミドリMidori

1996年の夏、日本 から来た旅行好きの女の子のミドリは、仕事を辞めたばかりで、一人でリュックを背負って台湾へ来ていました。中国語が少ししか出来なかった彼女は気の向くまま台湾を一周する計画を展開しました!

  ミドリは汽車で同じく旅行していた台湾人の女の子に出会って、文人と芸術家が集まっている九分を勧められました。

「そこに行けば必ずこれを食べなきゃ!」と言いながら、彼女は紙に「芋圓」の字を書いてあげました。

「これを見せたらオーケーよ」

ミドリが丁寧にその紙を畳んでポケットにしまいました。

当時日本語のガイドブックには映画の「悲情城市」の舞台であることしか紹介されていませんでしたが九分へ行くことにしました。交通がまだ不便だった当時に、汽車とバスを乗り継いで、やっと九分に着きました。

輕便路に沿って、豎崎路、基山街を通って、層々の石で出来た階段がミドリを九分茶坊まで導いていきました。ある古い佇まいの屋敷の雰囲気に一目惚れした彼女は中に入ると、火鉢の上で急須が湯気を立ち上げている様子や
一面の石積みの壁、骨董や芸術品を陳列している棚などに目を見張りました。そしてすべてをカメラに収めたくなりました。お茶をいただこうとメニューを見たミドリに分からなかったのは、「壺」で勘定する代金のルールでした。一晩の宿代よりも高価なお茶、お茶を一杯だけ飲みたかった彼女はうつむいてきました・・・・・・

「写真だけで宜しいでしょうか?」

  中国語が下手な彼女は店員と身振り手振りでで交渉してみました。

   茶芸館に集会した画家達は、このリュックを背負った、中国語があまり出来ない女の子がドアに立っている様子に気づいて、彼女を誘って一緒に茶芸館でお茶を飲みました。日本でこんなに美味しい台湾茶を飲んだことがなかったために、どの茶を飲んでも「美味い」と思いました。画家達の一人はこの陽気な女の子に特別な好感を持ってしまいました。彼はこの茶芸館の主である洪志勝でした。 


邂逅・九分茶坊の午後に

  身振り手振りに筆談だけでも皆と楽しくおしゃべりできたミドリに会って、おっとりした彼女に、洪志勝は心を寄せられ、午後のひと時をお茶を飲んで過ごしました。しかしこれは楽しい瞬間に過ぎないことを、彼には分かっていました。何故かと言うと、翌々日にはミドリは台湾の旅を終えて日本に帰らなければならなかったからです。 帰国したミドリは友達にこう言いました。台湾はいい所で、皆とても親切で道を尋ねるには便利だとか、住民の生活水準が非常に高くて、毎日お茶を入れながら芸術を討論していることとかです。(これは明らかに誤解だったのですが)彼女が抱いた洪志勝へのイメージは「木陰のお地蔵さん」のように、誠に穏やかな感じがする人でした。互いに好意を寄せた当時の二人には、短い午後の邂逅は一生の縁を結ぶことになろうとは思ってもみませんでした。

  

長年の異国の恋がついにハッピーエンディング
それからの二人ははがきに通じて感情を維持しました。パン作りが好きな彼女が働いたパン屋で中国語が上手な同僚と出会い、中国語を勉強しました。ある日、何気なく手に入れた航空券で再び台湾を訪れました。二人が出会ったその夏から、もう三年が過ぎていました。

その後、度重なる台湾への短い旅は二人の感情を徐々に加熱しました。そして彼らが一緒になるきっかけは九月二十一日の集集大震災でした。ニュースで地震を知り洪志勝の安否を気遣いましたが、当時の彼は馬祖へのスケッチ旅行中で連絡が取れなかった状態で、彼女の心配は募りました。一方独身主義だった洪志勝は考え始めました。人生には、分かり合い信頼できて、関心をもって支えあえる伴侶が必要かもしれないことを。

   同じ年の冬、彼はミドリの日本にある故郷に正式的に訪れることを決めて、彼女の家族に彼女が台湾に嫁入りすることを安心させました。これで旅の好きな女の子と、茶芸館を営む画家との異国の恋は、とうとうハッピーエンドを迎えました。